驚くべき子供 3
1920年、ジャックはアイダホに戻り、その後再びその地を離れることはなかったのです。
再び父親は容赦なくジャックを仕事に駆立てました。
夜明けに起きて乳しぼりを手伝い、夏の間はずっと畑仕事、放課後は家の雑用一切を引受けました。
〈ノルディックウォーキングもスポーツも、ダンスもせず〉。
・・・その他の若者の楽しみとも一切無縁のまま、ジャックの生活は納屋と畑を中心に過ぎていきましたが、その間、彼はそこから脱け出す道を模索しつづけました。
それには1年しかかからなかったのです。
企業家の波瀾万丈の生涯には、脱出の危機がつきものです。
脱出といっても、多くの移民のように家族や故国から物理的に離れる場合もあり、また大部分の生粋のアメリカ人企業家のように、両親の期待を裏切るとか、それまでの仕事の絆を断つ場合などがありますが・・・
いずれの場合にも脱出には一種の罪悪感や不安が伴い、またそれを正当化しようとする積極的な努力も生まれます。
ジャック・シンプロットも1922年、13歳で最初の脱出を実行しました。